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 私たちは普通、止めない限り、ずっと一続きの連結した音の流れを作り出している。
ほとんどの言語では、先行するものも後に続くものも無いような、単独の分節を作ることがあるが、それは滅多に無い事象である。例えば英語での、驚いたときの'ah!'、静寂を求める'sh'などである。
普通、それぞれがくっついた状態であらわれる。
音声学では、音声を、分裂の連続としてみ考えると言ったが、それぞれの分節から独立した個別ものを考えるのは間違いである。どんな言語においても、分節は隣り合う音声の、強い影響を受けている。
 
隣接する要素によって分節が変容することを同化(assimilation)と言い、昔から、音声学の重要な領域であった。
近年は、同化に変わって、同時調音(coarticulation)が注目されている。この2つの違いはあとで述べる。
もうひとつの、音声結合の現象をエリゾン(elision)と言い、ゆっくり丁寧な発話の音声が、速い発話で省略されることである。
 
Assimilation
同化(assimilation)は、ひとつの音声が、近くにある音と似た音に変化するものを扱う。
フランス語では、無声子音で終わる単語の後に、有声音から始める単語がくると、無声子音は有声子音になる。
英語では、有声子音で終わる単語の後に、無声子音から始まる単語がくると、有声子音は無声子音になる。
これらのような、後続の音声を先取りする同化を、逆行同化(regressive assimilation)と言う。
一方、英語の名詞の複数形-sでは、有声子音にくっつけば有声音、無声子音にくっつけば無声音に発音される。
このような、先行する音声の影響を受ける同化を、順行同化(progressive assimilation)と言う。
 
伝統的に、同化の現象は以下の3つに分類される。しかしそれが全てではない。
1、有声、無声。
これは上に挙げた例である。隣接する有声音につられて、無声音が有声音に変化したり、その逆の現象である。
2、調音点。
これは多くの場合子音で起こる現象であり、ことなる調音点の音声が隣り合うときにどちらかに偏る現象である。
たとえば英語では、'that'の最後の歯茎音が、両唇音の前で両唇音に('that boy/ðæp bɔɪ/')、軟口蓋音の前では軟口蓋音('that girl/ðæk gɜ:l/')に発音される。
3、調音方法。
隣接する調音方法の影響を受ける現象で、明白な事例をあげるのは難しいが、主に早い発話において、強い子音が弱い子音に影響を与える。
子音が強いとは、よりたくさん空気の流れを妨げているものである。
例えば、'get some of that soap/get sʌm əv ðæt səʊp/'が、/ges sʌm əv ðæs səʊp/のように発音されることである。
 
さまざまな同化は、音声を作る時に起こるものである。調音器官はすぐに動くことが出来ない。
無声音を作る為には、声帯を開けて、声帯振動を防がなければならないが、先行する有声音の調音状態が残っていると、声帯振動を伴ったまま発音されてしまう。
このような主張は、私たちがどのようにして適切な音声を作り出しているかの知識を基盤になされるものである。
今までの説明では、同化による変化は、ひとつの音素から他の音素への変化に関わるものであるように思われるだろう。
しかし、同化とは、音素変化の一種ではない。
音素変化を伴わない、明らかな同化現象の例を挙げることが出来る。
口唇の動きに注目すると、英語の/i:/は笑うように左右に口角を伸ばし、/ɔ:/は両唇を丸め、前につきだすように調音する。このような口唇の動きはかなりゆっくりなので、近隣の音に影響を与えることが多い。
/i:/に先行する/s/('this evening')が、口角が左右にのびて発音されたり、/ɔ:/に先行する/s/('this autum')が円唇を伴って発音されたりする。'see-saw'などの語では明らかに2種類の/s/が含まれることが解るだろう。
 
同化現象に関して、以上のような調音上の説明をすると、最小努力の法則(priciple of least effort)の考えにたどり着く。人間は基本的に怠惰なので、最小限の出来ることしかしない、という法則である。
鼻音を作り出す時、軟口蓋を下げて、鼻腔への空気の通り道を作り出す。しかし、次の口音の母音は、軟口蓋をあげて鼻腔への空位の流れを遮断しなければならない。
軟口蓋の動きはとてもゆっくりなので、鼻音が始まる前に既に下がっていることがある。'morning'は全ての母音が鼻音に挟まれており、その度に軟口蓋が上下しなければならないが、普通、軟口蓋が下がったままになっているので結果として母音が鼻音化する。
同化現象は、ある音声が、前後どちらかの隣り合う音声の影響を受けて生じるだけではない。特定の音声に挟まれて変化することもある。
関東地方の日本語では、/i/と/u/が、無声子音に挟まれたときだけ、無声化する。例えば「ふとん/futon/」このとき/u/は無声化する。
 
coarticulation
同化の過程に関してもっと深く見る為には、音素変化や隣のひとつの音声による影響などと言う単純な考えを改めなければならない。
最新の研究や論文を理解するには、同時調音(coarticulation)と呼ばれる別の分野がある。
この分野では、同化の分野で用いた、'regressive'と'progressive'の用語は用いず、それぞれ'anticipatory''perseverative'という用語を使う。もしくは、左から右に筆記する言語に偏向するが、'right-to-left'と'left-to-right'とも言う。
この分野は1930年代からあるが、同時調音が何なのかを定義するのは難しい。
今まで見てきた同化は、音素の変化や、少なくとも音声学的な単音、音声記号の変化を伴っていた。
この観点から、同時調音を考える際の、同化との違いをいくつか簡単に述べよう。
 
1つめは、耳で聞いて認識出来るか出来ないかに関わらず、全ての同化に関するものを扱うということ。というのも、そもそものこの分野の始まりは、脳がどのように、調音に関する神経と筋肉を操作しているかを知ることであった。
神経筋の操作(neuromuscular control)が大事なのであって、発音の表記は特に重要ではない。
2つめは、同時調音はひとつの分節から他の分節への影響だけでなく、もっと広範囲に影響を与えるという点である。
3つめは、同時調音は物理的な用語で解説出来るものであるということ。決して恣意的なものではない。
では、この3つをもっと詳しく考察してみる。
 
1、音声生成の調節に関して述べる時、作りだそうとする発話の抽象的な形式ではなく、観察と計測の物理的な形式に注目しなければならない。
論理的な音声に関する学問には、脳に蓄積されている音声の枠組みなど、抽象的な形式がどのように作られているかの理論も含まれる。
もちろん、脳は、声道を含む、たくさんの身体の筋肉に指令を送る、特別な領域があることが解っている。加えて、どんな音素を作りだすかという命令がその脳の部分を通り、その命令を、調音器官を動かし音声を作り出す信号へと変換する。
命令が実行されている間、様々な工程で、同化と同時調音による結果と音素がとある方法で結合する。
脳の仕事は、聞き手が理解出来るような、1個1個の固まりの音素を認識し、混同しないことである。もちろんそれだけではない、時間の調節の問題がある。
発話において、人間が音声を作り出すタイミングはかなり正確であるが、調音器官の動きとの同調作業がとても複雑である。
第一に、命令を運ぶ神経繊維の長さも伝達の速さも異なるからである。脳での調音の指令が同時に行われても、舌など口内の調音器官への刺激は、喉頭よりもはやく到着するだろう。
もうひとつの問題は、調音器官の質量が異なることである。舌先や声帯は軽くて動かし易いが、後舌や軟口蓋は重く素早く動かせない。
このように慣性の問題が、連続した発話において、タイミングや重複の効果をもたらしているのである。
 
2、同時調音は、いつも、隣合わせの音声だけに生じている現象ではない。単語全体に関わることがある。
例えば、英語'screw'やフランス語'structural'における円唇母音/u/と/y/が含まれていることで、単語全体が円唇性を帯びた発音になる。
英語の'morning'が全体的に鼻音化されて発音されることは、先に述べた通りである。鼻音子音の近くにある母音が鼻音化する現象は、全ての言語で見られることである。
 
3、同化の研究が、ある言語の発音の、観察可能な側面を考慮しているとしても、それは全ての言語に共通している場合がある。なぜならば、時間内に調音器官が行えることには、機械的、生物学的な限界が存在するからである。
しかし、言語間の違いが存在することも確かである。
語末の無声音と語頭の有声音が続いたときに起こる、語末の無声音の有声化は、フランス語やその他の言語では多くあるが、英語ではほとんど起こらない。
英語での一般的な同化は、語末の有声音と語頭の無声音が続いたときに起こる、語末の有声音の無声化である。
これは、同時調音の理論から説明するのは難しい。英語話者とフランス話者の身体的な特徴が異なっているとは思えない。
加えて、スペイン語では、母音に挟まれた有声破裂音を、摩擦音として発音する、多くの言語では全く起こらない変化だが、スペイン語話者にとってはとても自然な現象なのである。
つまり、この問題の答えは、言語の音声学と音韻論の間にあるのだ。
音声学的には、私たちはみな、同じ方法で音声を作り出し、同じように身体的な制限を受けているのである。
音韻論的には、特定の同時調音を行ったり避けたり出来るように、それぞれの言語が、各自の規則を持っているのだ。
同時調音がどのように行われるかについての、ある言語特有の音韻論的な制約と、特定の言語においてどんな同時調音が行われるかという問題が絡んでくる。
 
Elision
同化と同時調音に加えて、エリゾン(elision)について述べておく。同化とおなじく、長い間音声学の問題として扱われてきた課題である。
エリゾンとは、ゆっくり丁寧な発話に比べて、速い発話だと、1、2個の音声が消えてしまう現象を指す。
例えば英語では、語尾の無声子音や、シュワーとよばれる強勢のない母音/ə/が消え易い。もしくは、/ə/に挟まれた子音も消えてしまうことがある。
同時調音研究の観点から見ると、エリゾンと同化の明確な差はない。
どちらも、音声と音声を近づけて調音する為に、両者の差が曖昧になることで生じる同時調音である。
先ほど語尾の無声子音はエリゾンされ易いと述べたが、機械で詳細に調べると、聞き取ることは出来ないが、身体的には、しっかりと調音の動作をしていることが解る。
日本語における母音の無声化でも、完全に音声が消えてしまっているように聞こえても、舌の位置や口蓋の様子で、何の母音が欠如したのかが解る。
音声は消えて、全く調音されないのではなく、同時調音によって、隣接する子音が出来る限りの母音を占領したのである。
 
私たちはまだ、ゆっくりな発話から速い発話に移行するときに起こる音声の変化を、全て解明出来てはいない。
現在もこの領域の研究が続けられており、かなり多くのことが解ってきている。
 
Peter Roach, Phonetics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series

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