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話し手の方への動きの概念のひとつ(例えば、見えるようになる)は、子供たちが学ぶ最初の直示的意味であり、"this"や"here"の単語の使い方を特徴付けていつようである。これらは、"that"や"there"と区別され、子供たちの目に見える空間から出てゆくものと結びつけられる。
しかし空間的直示を考えると、話し手の視点からの場所は、物理的と同じぐらい、精神的につくられていることも重要だ。一時的に家のある場所から離れている話し手が、まるでまだそこに居るかのように(物理的に離れた)家のある場所を意味して"here"を使い続けることがしばしばある。話し手はまた、例えば"I'll come later"と言うとき、実際にその場所に行く前に、他の場所に自身を連れてゆくことができる。
これを直示投射と言うことがあるが、私たちは、科学技術でできるよりももっと私たちの居場所を巧みに操作できるのだ。もしも"here"が話し手が発話している場所を意味するのであれば(そして"now"が発話の時間を意味しているのであれば)、例5のような発話は意味不明になるだろう。

例5
I am not here now.

しかし私たちは、電話の自動応答メッセージで言うことができるし、"now"は、録音した時間ではなく、誰かが電話をかけてきた時いつにでも適応される。加えて、例5を録音する事は、未来の聞き手に、望まれた場所に存在を投射するというとてもドラマチックな行いだ。同様の直示投射は、人や場所、誰かの感情を表現する直接の会話でもドラマチックな行動となる。例えば、例6のようにペットショップにとずれた時の事を誰かに伝えるとしよう。
例6
I was looking at this little puppy in a cage with such a sad look on its face. It was like, 'Oh, I'm so unhappy here, will you set me free?'

この"here"は本当に人が話している物理的な場所ではなく、話し手が犬の役を演じている場所である。
空間的直示の本当の語用論的基礎は、精神的距離である。物理的に近接するものは、話し手に、精神的に親密さをもって扱われる。また、物理的に遠いものは、ふつう、精神的にも距離をもって扱われる(たとえば、"that man over there")。しかし、話し手が、物理的な近いものを(たとえば、話し手が嗅いだ香水)、"I don't like that."のように精神的に距離を置いているよう目立たせたいこともある。この分析では、"that"のような単語は、意味論的に固定されたい意味を持っておらず、話し手の文脈に寄って運用されている。
同様の心理学的手段は、一時的な直示を表すのに使われる近接や遠位の、私たちの区別に作用している。

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