さまざまな音韻変化は、
ひとつの音韻規則だけで表せられる音韻変化ばかりではない。
複数の音韻規則が順番に作用することで、
入力と出力を関係付けていることも多い。
その作用の順番が重要である。
日本語のハ行の音韻変化を例にとって見る。
hai「敗」-nihai「二敗」-sippai「失敗」
harai「払い」-sakibarai「先払い」-yopparai「酔っ払い」
çin「品」-kiçin「気品」-zeppin「絶品」
çiki「引き」-waribiki「割り引き」-okappiki「岡っ引き」
ɸun「分」-niɸun「二分」-sampun「三分」
ɸuro「風呂」-asaburo「朝風呂」-hitoppuro「ひとっ風呂」
heki「壁」-iheki「胃壁」-gampeki「岸壁」
hera「へら」-kutubera「靴べら」-usuppera「薄っぺら」
hou「法」-sihou「司法」-kempou「憲法」
さて、はじめにこれらから導き出せる音韻規則を書いてしまうと、
1)異音規則 h→ç/_i h→ɸ/_u
2)連濁規則 p→b/#+#_(和語)
3)摩擦音化規則 p→h/#_
または V_
1)はサ行やタ行の「し」や「ち」と同じように、ハ行の「ひ」と「ふ」も異音であることを示している。
[ ç ]は無声硬口蓋摩擦音、[ ɸ ]は無声両唇摩擦音と言い、
声門で調音する[ h ]無声声門摩擦音とはまったく異なった音声である。
2)はいわゆる連濁と呼ばれる現象で、和語での複合語であり、
後ろの形態素が/ k /、/ t /、/ s /ではじまるときも、その子音が/ g /、/ d /、/ z /になる。
oo「大」+kama「釜」=oogama「大釜」
ko「小」+taiko「太鼓」=kodaiko「小太鼓」
yo「夜」+sakura「桜」=yozakura「夜桜」
3)の法則は、「ハ行はかつて、パ行音であった」という仮説に基づいている。
[ h ]でも[ ç ]でも[ ɸ ]でも、直前に子音や鼻音がある場合は、全て[ p ]で出現している。
以下に述べる理由から、「かつてはパ行」仮説を採用し、
逆に、語頭や直前に母音がある[ p ]は[ h ]に変化する、とした。
その理由を簡単に述べる。
・古い文献を読むと、かつて母[haha]を[papa]と発音していた証拠となるなぞなぞがある。
・アイヌ語には元々無く、途中で借用された和語が複数残っているが、日本語の/ h /にあたる音が/ p /になっている。ちなみに、アイヌ語にも/ h /の音素は存在する。
・五十音表の子音の並びは、
「k,s,t,n,(p),m」と「y,r,w」で調音位置が喉の置くから唇へと移動するように並んでいる。
ここに/ h /が入ると、声門での調音になるので、/ k /よりも前に来るはずである。
・擬声語、擬態語には/p,b,h/のセット「ぺらぺら、べらべら、へらへら」と、
/p,b/のセット「ぴかぴか、びかびか、*ひかひか」がある。
そしてこの三つの音韻規則は、2→3→1の順番で作用する。
それから、鼻音の同化規則も入るので、全部で5段階あることになる。
入力
ki+pin wari+piki san+pun
↓ 同化規則 ↓ ↓
ki+pin wari+piki sam+pun
↓ 濁音規則 ↓ ↓
ki+pin wari+biki sam+pun
↓ 摩擦音化規則 ↓ ↓
ki+hin wari+biki sam+pun
↓ 異音規則 ↓ ↓
kiçin「気品」 waribiki「割り引き」 sampun「三分」
出力
参考文献
田中伸一 『日常言語に潜む音法則の世界』 開拓社 2009

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