前回のべた規則の順次適用にも、例外が存在する。
例外にも二つの種類がある。
偶発的で、説明不可能な例外と、
規則の順序の入れ替わりで説明が出来る例外である。
後者の説明できる例外には、さらに2つの種類がある。
適応不全(underapplication)は、
規則が適応するはずなのに適応しない例である。
利益供与の関係にある規則Aと規則Bが逆転する(counter-feeding order)と、
規則Bが適応せず、その後規則Aが作用するので、
規則Bが存在しなかったような状態、適応不全の状態となる。
適応過剰(overapplication)は、
規則が適応しないはずのところまで、広く作用する例である。
利益奪取の関係にある規則Cと規則Dが逆転する(counter-bleeding order)と、
規則Cによって制限されるはずの規則Dの適応範囲が
制限されずに作用し、適応過剰の状態となる。
これはら日本語の古語と現代語の
音便規則の適応順序の入れ代わりなどで実際に起こっている現象である。
現代語において、
「書く」「漕ぐ」などのイ音便の/ i /の挿入、/ k /の削除規則は利益供与の関係にある。
挿入規則 削除規則
kak-te → kak-i-te → kaite「書いて」
kog-de → kog-i-de → koide「漕いで」
この挿入と削除の順序が逆転すると、適応不全が起きる。
削除規則 挿入規則
kak-te → 不適応 → kakite「書きて」
kog-te → 不適応 → kogite「漕ぎて」
一方、古文の/ i /の挿入規則と/ g /の同化規則は利益奪取の関係にある。
挿入規則 同化規則
kak-te → kak-i-te → 不適応「書きて」
kog-te → kog-i-te → 不適応「漕ぎて」
この挿入と同化の順序が入れ替わると、適応過剰が起こる。
同化規則 挿入規則
kak-te → kak-te → kak-i-te ...「書いて」
kog-te → kog-te → kog-i-te ...「漕いで」
このように、現代文法と古典文法の関係は、派生順序の逆転として説明できる。
言語学者キパルスキーは、音韻の歴史変化とは、
「利益供与の最大化」と、「利益奪取の最小化」であると述べている。
つまり、利益供与の関係が築かれ、利益奪取の関係が解消されるように変化する。
上記の例は、その模範的な存在である。
参考文献
田中伸一 『日常言語に潜む音法則の世界』 開拓社 2009

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