[1]
[2]
面と向かっていても、電話を介していても、人が話をするときは、話し手の口から出た音が、聞き手の耳に伝わる。
このような聴覚信号は、録音や分析によって観察することが出来る。
認識による音の音声分類により、どのようにして音が作られるかを知らずにも、聴覚パターンを見出すことが出来るが、それはまったく異なる分類になってしまうだろう。
これから、まず、音響学的な聴覚パターンの分類を述べた後に、伝統的な音声学の音声分類がどのように当てはまるのかを、見てゆく。
Acoustic waveforms
全ての聴覚できる音は、振動を作る空気の圧力の変化によるものである。
振動では、特定の場所で圧力が高くなったり低くなったりする。
よく、上下に動く波形(waveform)で表現されるが、実際の音の振動は、爆風と同じ、外に向かう波である。
もし、振動が素早く起これば、それを周波数(frequency)が高いまたは多いと言う。
ゆっくりな振動を、周阿数が低い、または少ないと言う。
もし、同じパターンの波形が何回も繰り返されているのならば、それを周期的(periodic)な音という。その逆は非周期的(aperiodic)な音である。
もしかなりのエネルギーを含む音であれば、それを振幅(amplitude)が大きいという。
どんな複雑な波形も、単純な、異なる周波数に分解出来るというのが、音響分析の基本的な法則である。
その分解方法をスペクトル分析(spectral analysis)という。白い光を、虹色のグラデーションに分解出来るのと似たものである。
音響分析では、しばしば、マイクを使って捉えたそのままの波形よりも、スペクトル分析の結果をよく利用する。
その結果を示すのに。よく使われる図が、スペクトログラム(spectrogram)である。
一時期「声紋(voice-print)」という名称も流行したが、法的な用途で個人を識別出来ると言う疑わしい主張がなされた為に、今はその名を使わない。
スペクトログラムの縦軸は、周波数の高さで、低いものが下になっている。左から右への軸は時間で、左が開始時間である。
黒さの度合いが、その時間、その周波数での振幅を示している。黒くなっている点の周波数の音が、大きな音が出ている。
横に、何本かの線のように黒い部分が連なる場合がある。これをフォルマント(formant)と呼ぶ。
最新のスペクトグラムでは、エネルギーの大きさにより色で分類し表示することが出来るが、解析がより難しくなると、不評である。
一般的に、聴覚信号は人間の声道でつくられる。起点(source)で音声を作り出し、フィルター(filter)で音声を変容させる。
このsource-filter説は、音声音響学での基礎的な概念として受け入れられている。
例えば、母音の起点は静態振動であり、口腔の舌の高さや口唇の形がフィルターとして働き、特定の周波数が強められ、他の特定の周波数が弱められることになる。したがって、舌の位置や唇の形を変えれば、異なる母音が発声される。
Acoustic and articulatory classification of speech sounds
ここでは音声の物理的な側面を、より音声学的なカテゴリーで見てゆく。そのためにまず、音響学的には、全ての音声を以下の4つに分類出来る。
1、周期的音声
2、非周期的音声
3、周期的音声と非周期的音声の混合
4、無音
1、母音(vowels)
母音には、規則的な振動パターンを持った、周期的音声(periodic sound)である。
母音はそれぞれ、和音の音符のように、異なる周波数のフォルマントを持っており、音響音声学者は、フォルマントが母音の性質にどのような影響を及ぼしているかを研究している。
フォルマントは、スペクトグラム上では平行な棒となって表われ、一番周波数の低いフォルマントから、1、2、3、、、と番号が振られる。
この第1フォルマント(Formant1)の周波数と、母音の口の開き方がおおまかに対応している。第1フォルマントが低い程、狭母音に近くなる。
そしてその次の第2フォルマント(Formant2)は、母音の舌の位置が対応している。第2フォルマントの周波数が高い程、前舌母音に近く、周波数が低い程、後舌母音に近くなる。
周波数の数値やその関係は個人差が大きいので、実際の数値を示すことは出来ない。
2、摩擦音(fricatives)
無声摩擦音は、非周期的音声(aperiodic sound)である。そして、母音に見られるようなフォルマントは持たない。
そのかわりに、広めの周波数の幅にまとまったエネルギー集まる。例えば、英語話者の/ʃ/は/s/よりも高い音が出る。なぜなら、/ʃ/の発音の際に口唇を丸める習慣があるからである。
有声の摩擦音は、周期的音声と非周期的音声の混合である。無声摩擦音の隙間音と声帯振動の組み合わせである。
喉頭でつくられる音声は、周期的である。
3、破裂音(plosives)
破裂音はいろいろな音響学的な型が現れる。
無声破裂音はまず、無音(silence)からはじまる。語頭の無声破裂音は完全に口腔が塞がれた状態から始まる。語中の無声破裂音はかなり短い無声状態を伴う。
口腔の閉鎖を開放する時は、音響学的に関する限り、出来るだけすばやく行う。このとき空気の破裂を含むので、一瞬の摩擦音のように、非周期的音声となる。
英語によく見られるが、帯気音(aspiration)と呼ばれる空気の流れを伴うと、また違った音声となる。
有声破裂音は、声道が閉じられている間も、ほんの少しだけ、喉頭からの周期的音声がきこえる。一般的に英語の有声破裂音は、フランス語やスペイン語、イタリア語に比べて振動が少ない。
4、鼻音(nasals)
英語の/m/や/n/は周期的音声で、母音に近い。しかし、高い周波数のエネルギーが少なく、明確なフォルマントも観察されにくい。
主に、喉頭の音声が、母音のように口腔を通らずに、鼻腔に流れ鼻孔から外に出るためだとされる。
耳を塞いで「んーまーんーまー」と発声すると、「ん(m)」ではより低い音が作られていることが分かる。
5、破擦音(affricates)
破擦音は、音響学的に複雑な音声である。
無声破擦音の場合、最初は無音状態から始まり、閉鎖の解放の後に非周期的な摩擦音が続く。
有声破擦音は、もし本当に有声なのであれば、閉鎖の最中に喉頭でつくられる周期的な音声が、解放の後には周期的な声帯振動と非周期的な摩擦音が生じる。
6、接近音(approximants)
接近音はかなり母音に近い調音であるし、音響学的に類似していることは疑いない。また、接近音にはフォルマントも観察される。
たたき音(taps)やはじき音(flaps)は通常、有声で、かなり短い有声破裂音だと言える。
また、ふるえ音(trills)も有声であるが、声帯振動と調音器官の一部分の振動により、二重に周期的な特殊な音声である。
Acoustics of suprasegmental features
その他の、音響音声学的な特徴は、5章で述べたような、超分節的なものである。
声調や抑揚、などの声の高さの変化は、有声のときにだけ現れる。
声の高さは、基本周波数(fundamental frequency)と呼ばれる、声帯の周波数に関係するものである。基本周波数は客観的に計算することが出来る。
同様に、音声や音節の声の大きさを、強度(intensity)から求めることが出来るし、音声の時間長も継続時間(duration)から求められる。
コンピューターを使って計測することによって、抑揚や強勢、リズムに関してより多くのことが発見出来る。
Peter Roach, Phonetics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series
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前の6章では、言語音声と、その枠組みを成す分類について述べたが、私たちは言語音声を、コミュニケーションの為に作り出していることを忘れてはいけない。
言語音声は特定のルールを持つ言語の中で使われ、彼らの音声の認識の枠組の中でしか知覚出来ない。
それぞれの言語は、限られた数の音声のセットしかない。その特定の言語の中では示差的である。1つの音素(phoneme)を他のものに取り替えれば、語の意味が変わる。加えて、特定の方法でしか他の音と結合しない音声もある。
子供の言語習得の過程は大変興味深い。乳児は、今後学んでゆく言語とは全く似つかない、意味なの無い喃語や声を出す。
1、2年もすると、乳児のような音声は永遠に、大人になって音声学を学ばない限り、話されることがなくなり、母語の典型的な音声と音声の原型を学んでゆく。
この時、彼らは何を学んだのだろうか。
彼らの母語の音韻論(phonology)を学んだのである。
言語の音韻論は、言語学的構造の一部分であり、なぜ音韻論が言語音声学(linguistic phonetics)と呼ばれるのかを説明するものである。
音韻論の学術的研究は、今から述べることよりも遥かに、基礎的な音声システムを扱う。ちゃんとした音韻論の解説には別の一冊の本が必要である。
System of sounds
ページ数の関係で、詳しい解説や多言語での比較をすることできないがここでは、母音と子音に見られる、さまざまな種類についての分析を簡単に述べる。
Vowel
母音に関しては多くの異なる言語システムでの観察があり、解釈を争っている。
まず、母音の数であるが、世界には、3つしか母音の無い言語が多くある。/i/と/a/と/u/である。次は5つで、上のものに/e/と/o/が加わる。
どうやら世界には、偶数の母音システムより、奇数の母音システムの方が多いようである。しかし、2つや1つしか母音がない言語の存在も主張されいる。
多くの母音を持つ言語では、母音をさらに分類することが可能であるようである。
イギリスのBBCアクセントでは、20種の母音があると言われ、短母音(short vowels)、長母音(long vowels)、二重母音(diphthongs)に分類する。
しかし、長母と二重母音を、2つの音素の結合であると考えれば、その数は大幅に減らすことが出来る。
その場合、英語の基本的な母音/i, e, a, o, ʌ, u/の6つだけを扱う。[ə]はそれらの母音の異音(allophone)として考えられる。1つの可能性として、[ʌ]と[ə]は、同じ音素の強勢がある時と無い時である、と言うことも出来る。
長母音も同じ音素の連続と考えることが出来る。/i:/は/ii/など。
どの考え方を選ぶかは、目的によって自由に選ぶことが出来る。
Consonants
全ての言語に子音がある。しかし、その数と種類は言語によって全く異なっている。母音と同じように、子音のすべてを見るのではなくて、種類と原型を述べてゆく。
12以下の、少ない子音しか持たない言語もある。アボリジニーの諸言語は、破裂音を含まないものが多いが、その他の言語はほとんどが破裂音を持っている。
英語は6個の破裂音/p, t, k, b, d, g/があるが、ヒンディー語はそれにそり舌音と帯気音を加えて、16個の破裂音を持っている。加えてインドの言語の1つであるマラヤーラム語は、5つの調音点での破裂音と鼻音を持っている。
有声無声と有気無気の区別の使い方は言語によって様々に異なる。
韓国語は、破裂音に関して有声無声の区別が無く、帯気音によって区別する。無気音と弱帯気音と強帯気音である。
このような、世界の言語の多様な音声システムは音声学と音韻論の魅惑的な側面である。
Groups of sounds
その他の、言語と言語の違いを生むものは、音声の結合の方法である。主に音節の構造の面から研究されることが多い。
ある特定の言語での音節の構造について調べれば、どんな音素の結合が存在しうるかが解かる。
多くの言語では、音節の説明はとても単純である。
全ての音節は母音を含む。先行する子音とともにCV、そして母音だけのVがある。日本語がそうだ。
もっと複雑なスペイン語の音節では、始めに2つまでの子音、最後に1つだけ子音が付くことが出来る。'tren(列車)'が最大の音節である。
英語は、最初に3つまで、最後に4つまでの子音が付くことが出来る。
音節内にどんな子音や母音が生じるかという選択は、自由ではない。どの言語も、正しい音節と正しくない音節の制限は厳しく、その規則を学ぶことも、言語学習の一部である。
スペイン語は、音節末に1つ子音をつけることが出来るが、その子音も制限された子音のうちの1つであるかもしれない。
英語は、音韻末に子音を付けなくてもよいが、その記述は、終子音のない音節には短母音は生じないという事実を明らかにはしてくれない。
このような音声の型の研究は音韻論の範囲であり、様々な言語の音声システムを知る上で重要な学問の一分野である。
Peter Roach, Phonetics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series
私たちは普通、止めない限り、ずっと一続きの連結した音の流れを作り出している。
ほとんどの言語では、先行するものも後に続くものも無いような、単独の分節を作ることがあるが、それは滅多に無い事象である。例えば英語での、驚いたときの'ah!'、静寂を求める'sh'などである。
普通、それぞれがくっついた状態であらわれる。
音声学では、音声を、分裂の連続としてみ考えると言ったが、それぞれの分節から独立した個別ものを考えるのは間違いである。どんな言語においても、分節は隣り合う音声の、強い影響を受けている。
隣接する要素によって分節が変容することを同化(assimilation)と言い、昔から、音声学の重要な領域であった。
近年は、同化に変わって、同時調音(coarticulation)が注目されている。この2つの違いはあとで述べる。
もうひとつの、音声結合の現象をエリゾン(elision)と言い、ゆっくり丁寧な発話の音声が、速い発話で省略されることである。
Assimilation
同化(assimilation)は、ひとつの音声が、近くにある音と似た音に変化するものを扱う。
フランス語では、無声子音で終わる単語の後に、有声音から始める単語がくると、無声子音は有声子音になる。
英語では、有声子音で終わる単語の後に、無声子音から始まる単語がくると、有声子音は無声子音になる。
これらのような、後続の音声を先取りする同化を、逆行同化(regressive assimilation)と言う。
一方、英語の名詞の複数形-sでは、有声子音にくっつけば有声音、無声子音にくっつけば無声音に発音される。
このような、先行する音声の影響を受ける同化を、順行同化(progressive assimilation)と言う。
伝統的に、同化の現象は以下の3つに分類される。しかしそれが全てではない。
1、有声、無声。
これは上に挙げた例である。隣接する有声音につられて、無声音が有声音に変化したり、その逆の現象である。
2、調音点。
これは多くの場合子音で起こる現象であり、ことなる調音点の音声が隣り合うときにどちらかに偏る現象である。
たとえば英語では、'that'の最後の歯茎音が、両唇音の前で両唇音に('that boy/ðæp bɔɪ/')、軟口蓋音の前では軟口蓋音('that girl/ðæk gɜ:l/')に発音される。
3、調音方法。
隣接する調音方法の影響を受ける現象で、明白な事例をあげるのは難しいが、主に早い発話において、強い子音が弱い子音に影響を与える。
子音が強いとは、よりたくさん空気の流れを妨げているものである。
例えば、'get some of that soap/get sʌm əv ðæt səʊp/'が、/ges sʌm əv ðæs səʊp/のように発音されることである。
さまざまな同化は、音声を作る時に起こるものである。調音器官はすぐに動くことが出来ない。
無声音を作る為には、声帯を開けて、声帯振動を防がなければならないが、先行する有声音の調音状態が残っていると、声帯振動を伴ったまま発音されてしまう。
このような主張は、私たちがどのようにして適切な音声を作り出しているかの知識を基盤になされるものである。
今までの説明では、同化による変化は、ひとつの音素から他の音素への変化に関わるものであるように思われるだろう。
しかし、同化とは、音素変化の一種ではない。
音素変化を伴わない、明らかな同化現象の例を挙げることが出来る。
口唇の動きに注目すると、英語の/i:/は笑うように左右に口角を伸ばし、/ɔ:/は両唇を丸め、前につきだすように調音する。このような口唇の動きはかなりゆっくりなので、近隣の音に影響を与えることが多い。
/i:/に先行する/s/('this evening')が、口角が左右にのびて発音されたり、/ɔ:/に先行する/s/('this autum')が円唇を伴って発音されたりする。'see-saw'などの語では明らかに2種類の/s/が含まれることが解るだろう。
同化現象に関して、以上のような調音上の説明をすると、最小努力の法則(priciple of least effort)の考えにたどり着く。人間は基本的に怠惰なので、最小限の出来ることしかしない、という法則である。
鼻音を作り出す時、軟口蓋を下げて、鼻腔への空気の通り道を作り出す。しかし、次の口音の母音は、軟口蓋をあげて鼻腔への空位の流れを遮断しなければならない。
軟口蓋の動きはとてもゆっくりなので、鼻音が始まる前に既に下がっていることがある。'morning'は全ての母音が鼻音に挟まれており、その度に軟口蓋が上下しなければならないが、普通、軟口蓋が下がったままになっているので結果として母音が鼻音化する。
同化現象は、ある音声が、前後どちらかの隣り合う音声の影響を受けて生じるだけではない。特定の音声に挟まれて変化することもある。
関東地方の日本語では、/i/と/u/が、無声子音に挟まれたときだけ、無声化する。例えば「ふとん/futon/」このとき/u/は無声化する。
coarticulation
同化の過程に関してもっと深く見る為には、音素変化や隣のひとつの音声による影響などと言う単純な考えを改めなければならない。
最新の研究や論文を理解するには、同時調音(coarticulation)と呼ばれる別の分野がある。
この分野では、同化の分野で用いた、'regressive'と'progressive'の用語は用いず、それぞれ'anticipatory'と'perseverative'という用語を使う。もしくは、左から右に筆記する言語に偏向するが、'right-to-left'と'left-to-right'とも言う。
この分野は1930年代からあるが、同時調音が何なのかを定義するのは難しい。
今まで見てきた同化は、音素の変化や、少なくとも音声学的な単音、音声記号の変化を伴っていた。
この観点から、同時調音を考える際の、同化との違いをいくつか簡単に述べよう。
1つめは、耳で聞いて認識出来るか出来ないかに関わらず、全ての同化に関するものを扱うということ。というのも、そもそものこの分野の始まりは、脳がどのように、調音に関する神経と筋肉を操作しているかを知ることであった。
神経筋の操作(neuromuscular control)が大事なのであって、発音の表記は特に重要ではない。
2つめは、同時調音はひとつの分節から他の分節への影響だけでなく、もっと広範囲に影響を与えるという点である。
3つめは、同時調音は物理的な用語で解説出来るものであるということ。決して恣意的なものではない。
では、この3つをもっと詳しく考察してみる。
1、音声生成の調節に関して述べる時、作りだそうとする発話の抽象的な形式ではなく、観察と計測の物理的な形式に注目しなければならない。
論理的な音声に関する学問には、脳に蓄積されている音声の枠組みなど、抽象的な形式がどのように作られているかの理論も含まれる。
もちろん、脳は、声道を含む、たくさんの身体の筋肉に指令を送る、特別な領域があることが解っている。加えて、どんな音素を作りだすかという命令がその脳の部分を通り、その命令を、調音器官を動かし音声を作り出す信号へと変換する。
命令が実行されている間、様々な工程で、同化と同時調音による結果と音素がとある方法で結合する。
脳の仕事は、聞き手が理解出来るような、1個1個の固まりの音素を認識し、混同しないことである。もちろんそれだけではない、時間の調節の問題がある。
発話において、人間が音声を作り出すタイミングはかなり正確であるが、調音器官の動きとの同調作業がとても複雑である。
第一に、命令を運ぶ神経繊維の長さも伝達の速さも異なるからである。脳での調音の指令が同時に行われても、舌など口内の調音器官への刺激は、喉頭よりもはやく到着するだろう。
もうひとつの問題は、調音器官の質量が異なることである。舌先や声帯は軽くて動かし易いが、後舌や軟口蓋は重く素早く動かせない。
このように慣性の問題が、連続した発話において、タイミングや重複の効果をもたらしているのである。
2、同時調音は、いつも、隣合わせの音声だけに生じている現象ではない。単語全体に関わることがある。
例えば、英語'screw'やフランス語'structural'における円唇母音/u/と/y/が含まれていることで、単語全体が円唇性を帯びた発音になる。
英語の'morning'が全体的に鼻音化されて発音されることは、先に述べた通りである。鼻音子音の近くにある母音が鼻音化する現象は、全ての言語で見られることである。
3、同化の研究が、ある言語の発音の、観察可能な側面を考慮しているとしても、それは全ての言語に共通している場合がある。なぜならば、時間内に調音器官が行えることには、機械的、生物学的な限界が存在するからである。
しかし、言語間の違いが存在することも確かである。
語末の無声音と語頭の有声音が続いたときに起こる、語末の無声音の有声化は、フランス語やその他の言語では多くあるが、英語ではほとんど起こらない。
英語での一般的な同化は、語末の有声音と語頭の無声音が続いたときに起こる、語末の有声音の無声化である。
これは、同時調音の理論から説明するのは難しい。英語話者とフランス話者の身体的な特徴が異なっているとは思えない。
加えて、スペイン語では、母音に挟まれた有声破裂音を、摩擦音として発音する、多くの言語では全く起こらない変化だが、スペイン語話者にとってはとても自然な現象なのである。
つまり、この問題の答えは、言語の音声学と音韻論の間にあるのだ。
音声学的には、私たちはみな、同じ方法で音声を作り出し、同じように身体的な制限を受けているのである。
音韻論的には、特定の同時調音を行ったり避けたり出来るように、それぞれの言語が、各自の規則を持っているのだ。
同時調音がどのように行われるかについての、ある言語特有の音韻論的な制約と、特定の言語においてどんな同時調音が行われるかという問題が絡んでくる。
Elision
同化と同時調音に加えて、エリゾン(elision)について述べておく。同化とおなじく、長い間音声学の問題として扱われてきた課題である。
エリゾンとは、ゆっくり丁寧な発話に比べて、速い発話だと、1、2個の音声が消えてしまう現象を指す。
例えば英語では、語尾の無声子音や、シュワーとよばれる強勢のない母音/ə/が消え易い。もしくは、/ə/に挟まれた子音も消えてしまうことがある。
同時調音研究の観点から見ると、エリゾンと同化の明確な差はない。
どちらも、音声と音声を近づけて調音する為に、両者の差が曖昧になることで生じる同時調音である。
先ほど語尾の無声子音はエリゾンされ易いと述べたが、機械で詳細に調べると、聞き取ることは出来ないが、身体的には、しっかりと調音の動作をしていることが解る。
日本語における母音の無声化でも、完全に音声が消えてしまっているように聞こえても、舌の位置や口蓋の様子で、何の母音が欠如したのかが解る。
音声は消えて、全く調音されないのではなく、同時調音によって、隣接する子音が出来る限りの母音を占領したのである。
私たちはまだ、ゆっくりな発話から速い発話に移行するときに起こる音声の変化を、全て解明出来てはいない。
現在もこの領域の研究が続けられており、かなり多くのことが解ってきている。
Peter Roach, Phonetics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series
伝統的音声学では、ある種の様々な発話の特色を記述することは、一般的であった。可能であれば、学者達は「標準」または「模範」の話し方を求めていた。
例えばスペインでは、何世紀もの間、カスティリア地方の言葉を、スペイン語の「もっとも純粋な」形として扱い、スペイン語を学ぶ外国人はみなこの地方の言葉を学ぶ。
イギリスでは、容認発音(RP: Received pronunciation)という標準の形式が、20世紀に使われていた。しかし、RPが何で、どうしてそれが特別扱いを受けているのか、説明できない。
最近では、英語の標準発音としてBBCアクセント(BBC accent)を用いる学者が増えている。
もっとも一般的な手続きは、その言語が話されている国の首都で、知識人が話している言葉を、標準と定めるものである。
ただ単に、研究者に言語サンプルを与えた人の言葉が標準と認識される場合もある。特に、危機に瀕し、話者数が非常に少ない言語の研究である。稀にあるケースでは、最後のひとりの言葉を録音し分析する。そのとき早く研究を進めないと、研究が終了する前に言語提供者が亡くなってしまうことがある。
一種類の言語を分析することで、研究がシンプルに明晰になるが、言語の発音には膨大な数の種類があることを決して忘れてはいけない。この章では、さまざまな多様性の一部を見る。
Regional variation
地方の言葉の研究は、多様性の研究の中で最も有名で、最も伝統的な研究であろう。そして多くの人が、古い素朴な特色を探し、語彙や発音の情報を引き出す為に田舎を放浪しているという、研究者の典型的なイメージを持っているだろう。
一般的に、方言(dialect)の研究とアクセント(accent)の研究は区別される。
地域的な多様性は、いろん事例が挙げられる。
1つは、占領や植民地によるものである。例えば、イギリスのある地方は他の地方よりも早く、ノルウェー人とサクソン人によって征服された。それにより、他の地方の英語と異なる発音や語彙が観察される。
歴史的には、国境や障壁によって分断された地域の言語は、差異がもっとも生じやすい。海や山などによって孤立している地域の言語は、自由に行き来できる地域間よりも、発音の違いが著しい。
大西洋と言う大きな壁によって分断された、イギリス英語とアメリカ英語も同様である。193年頃、アメリカで作られた世界初のトーキー映画をイギリスで上映した時、ほとんどのイギリス人の観客がアメリカ英語を聞いたことが無かったので、字幕をつけなければいけなかった。
現在は、人々は異なるアクセントを持つ人々とコミュニケーション出来るし、ラジオやテレビでも様々な発音を聞くことが出来る。
現在のイギリス人とアメリカ人の会話はほとんど問題なく行われるし、問題があるとすれば、それは、言語やアクセントではなく、文化的な違いによるものである。
近年は、国際語としての英語の発音研究が発展している。
今や世界中のコミュニケーションに英語が使われているので、英語の母語話者とは違う、様々な発音を観察出来る。
世界中の「共通財産」として、英語の音声的、音韻論的特徴を保持してはいるが、それらさまざまな英語が、イギリス風に聞こえるか、アメリカ風に聞こえるかを決めるのは無意味である。
Social variation
多様性の社会的な要因を深く考慮し始めると、それは社会言語学の領域に入り、音声学の範疇から抜けてしまう。
しかし、社会による多様性には3つの種類があるということが出来る。
1つは、社会的階層。所属してしている社会的なクラスの違いにより、発音が異なる社会がある。全ての社会で見られる訳ではない。
有名なのは、イギリスの工業都市ブラックフォードの研究により明らかにされた「h音の脱落」であろう。語頭のh音を発音する人は社会的地位が高く、語頭のh音を無視する人は社会的地位の低い人である。
2つめは、社会的な場面。社会的な場面ではそれなりに標準的なアクセントで話すが、家族や友人の前では方言や異なる階級の言葉を話すことである。全ての人がそうしている訳ではないし、実行している多くの人もそれを認めないだろう。
3つめは、階級以外の社会的区分。例えば男性と女性、教師と軍人では異なるアクセントや発話のスタイルである。同じ言語を用いていても、多くの社会は、様々な話し言葉の中に表れる、さまざまに異なる信条を持っている。
Style variation
私たちは、円滑なコミュニケーションの為に様々に発話のスタイルを変えることが出来る。速く話したり、ゆっくり話したり、鋭く話したり、大きな声で話したり出来る。
音声学の記述は、ゆっくりで慎重な発話の分析に基づく傾向がある。このおかげで、実際の自然な会話に出会ったときに、教科書に書いてある事実とは違うと分かってしまう。
教師や司祭、政治家は、さまざまなスタイルで話せることが必要である。公的なスピーチは、全ての人が出来る訳ではないので、大勢の前で話すレッスンを習う人も居る。
Age and variation
若者は大人達とは違った話し方をする。身体的な理由からではない。
年を取るに連れての個人の変化のために、または、毎年の発音の変化のために、どれほど年齢による変化が現れるのかは、分からない。
大きな要因は、若者は自分の親とは違う話し方をしたいと願うことだろう。特に、若者向けのラジオやテレビ放送によってこの傾向は強められている。
英語において、凄い速さで波及している変化がある。
1つは、声紋閉鎖の多用である。'getting'や'better'などの/t/音の変わりに声紋閉鎖が用いられたり、/p/や/k/などの口腔閉鎖の前に声紋閉鎖が挿入される。
もう1つは、/u/の母音が、20世紀初頭のRPに比べて、前舌寄りになり、円唇性がかなり低くなっていることである。ほとんど/i/に近い発音である。
言語の発音は常に変化している。そしていつの時代も、場所や場面によってさまざまな違いが見つけられる。
Choosing the speech to study
理想的には、研究対象は出来る限り「日常」であるのが望ましいが、日常の文脈の中で科学的に分析する対象を収集するのは難しい。
現実世界にはさまざまな雑音があり、音声の録音が困難であるので、多くの場合、録音スタジオや音声の研究所で録音される。
この方法には多くの問題があるが、まず、このようにして録音された音声は自然ではない。「研究用言語」と言われるような欠点がある。
多くの場合、紙に書かれたり、パソコンのスクリーンに映し出された文章リストを読み上げる。リストの最後に近づくに連れて、抑揚と速度が変化してゆく傾向がある。
そして、多くの人は、友人とは何時間もおしゃべりが出来るが、読み上げの録音となると、20分から30分で飽きてくる。
音声提供者が、しばしば、学生や大学のスタッフであることだ。大学で言語学を研究している人や、録音に自ら進んで取り組む人は、決して「一般人」ではない。
最後は、マイクが近くにあると思うと、いつもの会話よりも発音が丁寧になってしまうことである。「観察者の矛盾(observer's paradox)」という有名な問題で、観察者が居ない状態の音声を録音出来ないことである。
この問題を解決するには、音声提供者に悟られないように極秘で録音することであるが、これは、非倫理的で決して推奨出来ない。
出来るだけ自然な会話を録音するにはどうしたら良いだろうか。
社会言語学者ウィリアム・ラボフがしたように、音声提供者が緊張を緩め、自分の発言に集中し、マイクの存在を忘れるような、インタビュー能力を高めることが出来る。
その他の良く用いられる方法は、複数の人々で、言葉だけを用いて、ある作業を遂行してもらうという方法である。
典型的なものが、'map task'と呼ばれるもので、参加者に同じ地図が配られるが、それぞれ情報が欠けている。お互いの地図を見ずに、言語でのコミュンケーションのみによって順路を決めてゆくものである。
著者が行った実験では、数カ所のわずかな違いのある絵を一枚ずつ参加者に渡し、絵を見ずに相違点を見つけるものである。
参加者はその与えられたタスクに没頭し過ぎて、十分な音声サンプルを得ることが出来ても、彼らを止められないことがある。
重要なことは、スタイルの違いによる言語の多様性を無視出来ないこと。そして、科学的に研究する音声の録音データの採集方法を決める際に、慎重に計画を立てることである。
Peter Roach, Phonetics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series
この本で読んで、発話が、人間活動の生きた、活動的で、多面的な様相であることが明らかになっただろう。
しかし、あり得る発話の形態の全てを理解出来たと思ってはいけない。
音声学はとても研究が盛んな学問である。論理的なものも、応用的なものも、音声学の論文は常に刊行されていて、新しい本も常に発売されている。
コンピューターによる音声研究を補助する技術は急速に発展し、容易に入手出来る。特に、ここ数十年のインターネットの発達は、音声学の指導や情報伝達において多くのことを可能にしてくれた。
音声学の分野や音声分析、発音練習などのほとんど全ての大量なものが、インターネットによって利用出来る。
今は、19世紀末から20世紀初頭にかけての音声学の爆発的な流行以来の、もっとも音声学が熱い時代である。
ReadingsとReferencesとGlossaryは割愛。
Peter Roach, Phonetics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series
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