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Phonemic change
前の音声の変化は確かに面白いが、それは特定の単語の歴史であって、体系的な変化については何も分からない。ある特定の言語の抽象的な変化はわからない。
 
言語は音素の数も違うし、また、体系の中への組み込まれ方も異なる。どちらの次元も変化しなければならないだろう。
古典ラテン語の体系では5つの長母音と5つの短母音からなっているが、その子孫とされる現代イタリア語は、7個の母音でなっており、長短の区別は無い。しかし、古典ラテン語も現代イタリア語も、鼻母音などの無い、純粋な母音だけで構成されている。
フランス語は、鼻母音と言う新たなタイプを発展させ、純粋と鼻音化の対立を取り入れた事によって、多いに母音体系が変化してしまった。
子音に関して言えば、英語は閉鎖音よりも、摩擦音を多く持っている。しかし、インド・ヨーロッパ祖語は摩擦音が少なく、帯気音を含み多くの閉鎖音をもっている。
 
それでは、重要な2つの音素体系の変化について述べよう。音素合流(phonemic merger)音素分裂(phonemic split)である。
2つの音素が完全に合流することは、中期英語のeの長母音にみられる。meatの半広母音の/ɛ:/と、meetの半狭母音の/e:/は、聴覚的にも調音的に似て来て、区別が無くなって来た。結果的に現代英語では/i:/に合流した。bootの/o:/とboatの/ɔ:/は合流せずにそれぞれ、/u:/と/o:/に分かれた。この事で、音素の幅が広がった。boatの母音は[o:]>[oʊ]>[əʊ]と変化してゆく。
一方、音素分裂は、異なる環境で起こる異音と結びついている。
例えば、英語の不規則な複数形があげられる。古英語以前の英語の主格複数形は、単数形に*/-iz/の接辞が着くと考えられている。foot-feetは*/fo:t-/-/fo:tiz/と再建される。硬口蓋音/i/に先行する語幹の母音が、硬口蓋音化によって、円唇前舌音*/fø:tiz/となり、その母音が変わらずに残っている。[ø:]の再建の意味するところは、かつてそれは/o:/の異音であったということだ。例え、実際の発音が*/fø:tiz/であっても、音素の表記は*/fo:tiz/であっただろう。長い時間をかけて強勢の無い接辞*/-iz/が消え去ってったら、[o:]と[ø:]の違いは予測不可能となる。さらに、古英語でのfōt-fētの対立は、今は、異なる母音の対立として残っている。音素/o:/は、/o:/と/ø:/に分裂したが、最後に、音声の変化が生じたのである。
以上の例では、音声変化は音素変化に帰着するだろう。もちろんこれは絶対ではない。一方、音素変化は直接の音韻変化を伴わずに起こるだろう。新しく出来た音素が、既にある音素と合流するなどのように、音素合流と音素分裂は様々な方法で影響し合っている。
 
音素は構造組織を成しているため、ひとつひとつの音素の変化が全体に影響する。チェーン・シフト(chane shift)と呼ばれるような一続きの変化を生じるものもある。例えば、グリムの法則と呼ばれる一連のインド・ヨーロッパ語で起こった変化である。これは2章で詳しく述べている。
その他のチェーン・シフトの例は、英語の大母音推移(Great Vowel Shift)である。中期英語の長母音のすべてが狭母音化したのとともに、狭母音は二重母音化した。/a:/>/ɛ:/>/e:/>/i:/>/ai/と/ɔ:/>/o:/>/u:/>/au/である。
 
今のところ、音素変化を音素の区分の変化としてみて来た。しかし、例えば、「有声」「閉鎖音」「両唇音」「後舌音」のように、音素を音韻論的な特徴の束としてもみて来た。特別な特徴や規則の変化としての記述は、効率的なだけでなく、全ての音素に関係するような一般的な変化の法則を見つけやすくなる。
例えば、グリムの法則は、具体的な音素の変化を効率よく記述すれば、[- continuant(継続音)]>[+ continuant(継続音)]と書ける。例えば、閉鎖音が摩擦音になっている事である。
 
以上のような記述は、音韻路上の変化は、個々の単語や形態に影響を与えるだけでなく、特定の形態素の共時的な交替をも引き起こす。例えば、異形態である。
共時的な観点では、このような形態音素交替(morphophonemic alternation)は現代英語の形態論の一部である。しかし歴史的な観点では、このような交替は音韻論的な変化の結果である。実際、これは音韻論と形態論の相互関係を示している。
 
Herbert Schendl, Historical Linguistics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series

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言語が変化する主な理由のひとつは、他言語との接触である。
この接触はバイリンガルな人々を伴う。ある程度において、2つ以上の言語を扱う人々である。彼らの言語は、様々な形でお互いに影響を受けている。発音の選択や、単語の借用や、文法の変容である。
単純に言語学的な視点では、言語接触の現象は善くも悪くもない。しかし、1章で述べたように、話者の態度は、決して中立なものではない。接触した言語や話者は、政治的、経済的、社会的に対等である事は稀である為、権力と権威の無い方は不利である。これは、よく、言語共同体同士の争いを引き起こす。
 
Borrowing from other language
最も頻繁で明らかな借用の例は、外来語である。外来語は、政治的、文化的な要因によって入ってくる。
3章で述べたように、英語は、主にドイツ語の語彙から始まった。しかし、紆余曲折の英語の歴史によって、膨大な量の外来語によって統合されている。同様に、俗ラテン語から派生したルーマニア語は、ロマンス文法を基底に残したまま、スラブ語の影響を強く受けている。このような広範囲に渡る固有語の置き換えは、世界中の多くの言語で起きている。
語彙の借用は、特に、情報源や提供者である言語にある文化的な現象についての、受け手の言語の差異によるものである。英語における、有名な文化的借用の例は、 ヒンディー語からthug(暴徒)、スペイン語からsherry(シェリー酒)、ドイツ語からwaltz(ワルツ)、ノルウェー語からski(スキー)、フィンランド語からsauna(サウナ)、新しいものでは、ロシア語からglasnost(情報公開)、日本語からsushi(寿司)がある。
これらの借用語は他の言語にも大量にあり、情報通信の増加により、現代において膨大に増加しているようである。
 
しかし話者は、借用語は、その物や概念を表す言葉がないから必要とされているのではないとわかっている。それは、提供言語の語彙の方がより良いと考えているからである。土着の言語は、フランス語や英語など、より評判の高い言語からの借用をしている。フィンランド語は、、対応するフィンランド語が存在しても、ゲルマン語やバルト語から親族や身体を示す中核的な語彙を借用している。
借用語は、ある特定の期間の特定の領域での、ある言語の優位性を示す。法律や戦争、政治や統治やファッションと食品に関して、英語においてはフランス語の語彙の方が普及している。ファッション雑誌やレストランのメニューを見ても、フランス語は英語話者に多くの語彙を提供し続けている。
借用の広がりに与える影響には、提供言語の権威がある。そのほかの要因は、言語接触の長さと、二言語使用者の数と社会的地位である。
もちろん、借用は単語の分類によっても異なる。名詞は、最も借用の頻度が高く、続いて形容詞、動詞である。自分の言語に欠けていると感じる物は、性質や方法よりも、物の名前が主である。一方で、複数の単語で組み合わされる代名詞や接続詞は、借用はほとんどない。中期英語の時代に、スカンディナビア語がthey、theirを借用したように、代名詞の借用もゼロではない。
 
借用語は特に、2つの言語の音韻上と形態上の差異が大きい時に、目標言語らしく変容することが多い。例えばフィンランド語は語頭の子音連続のない言語であるから、ゲルマン語のstranð(海岸)を借用した時、rantaとなった。日本語は開音節しか持っていないので、英語の子音連続は、日本語の音韻体系に沿うように置き換えられる。
 
語彙借用は、外国語のモデルの形式的な執着の度合いによって、異なるクラスに分類される。借用語は、形式的にも意味的にも提供言語から借用されるが、その他の借用翻訳も存在する。すなわち、提供言語の単語を文字通りに、目標言語に翻訳する事である。フランス語のgratte-cielもドイツ語のWolkenkratzerも、英語のskycraper(摩天楼)の借用翻訳である。
 
大量の借用は目標言語の語彙構造も変えてしまうだろう。例えば、考える事に関する英語の動詞のうち、thinkはゲルマン語であり、古英語の時代にまで遡る事が出来る。しかし、reflect、meditate、ponder、consiger、cognateはフランス語あるいはラテン語から来て、スタイルによって使い分けられる、同義語のような語彙を提供している。
 
語彙借用よりももっと曖昧なものは、構造借用である。それには音韻レベル、形態レベル、統語レベルの借用がある。
/v, z, ʒ/などの英語の音素目録への追加は、明らかに、大量のフランス語語彙の取り入れによるものである。
英語には、構造借用によると言われているものが多くある。例えば、現在進行形はラテン語から、疑問文と否定文のdoはケルト語から。しかしこれらの主張にも議論の余地がある。4章で述べた、基本的な語順SVOへの変化も、隣接言語や近しい語族からの構造借用であるだろう。
異なる言語レベルでの、広範囲の構造借用は言語収束(convergence)と成り得る。遺伝的に関係の無い言語でさえ、共通する構造をもつ言語になることである。
 
Convergence and linguistic areas
長期間の、あるいは恒常的な言語接触では、両言語話者は、情報伝達と複数の言語獲得を容易にするために、自分たちの言語を構造的にもっと似通ったものに変えることが多い。断片的な借用の方法とは違い、このような異なる言語システムの相互の収束は、典型的に社会的地位が同等の言語で起こり、そして、関わっている言語すべての変化をもたらす。
有名な相互収束の例は、多言語が使用されるインドの村、クプワル(Kupwar)で見られる。その村は、2つのインド・アーリア語族、ウルドゥー語(Urdu)とマラーティ語(Marathi)、それから両言語と関係のないドラビダ語族、カナラ語(Kannada)が、異なる民族グループによって話されている。実際、全ての住民が3つの言語を知っているし、何世紀もの間、それぞれの民族グループとの情報伝達の為に、日常的に3言語を使用している。結果として、文法的構造の異なる3つの言語は、クプワル(Kupwar)に収束したのだ。一方それぞれの語彙は、言語コミュニティーに関係なく、異なった形で残っている。
言語収束は、地理的な広がりを持ち、多くの遺伝的関係の無い言語を巻き込む事があるが、その言語的特徴は制限されている。このような言語区域(linguistic area)はインド、アフリカ、北アメリカの西海岸などで見られる。
有名な言語区域は、バルカン半島の言語である。そこにはアルバニア語派、スラヴ語派、ロマンス語派やギリシャ語などの異なる語族や語派の言語が存在している。これらの言語は多くの語彙と文法的な特徴を共有している。例えば、名詞の後に来る定詞の場所、異なる構造での不定詞の置き換え、それから、数字の11から19までの形式(10と1)。これらの特徴の数と組み合わせはそれぞれのバルカン半島の言語で異なるが、重要な点は、このようなバルカン語の特徴が、同じ語族のその他の言語、あるいはバルカン言語区域外で話されている同じ言語にさえも見られない、という事だ。
ある特定の特徴の出所ははっきりしていないが、1つの言語が、目標言語の基本的な発展の傾向と対応する特徴を採用しただけであると言われている。
 
2章では、語族の樹形図がどのように、同じ親言語や祖語からの新しい言語の成り立ちを説明しようとしたかを述べてきた。しかし、樹形図は密な言語接触を通じた言語の基本的な変化を説明する事が出来ない。大量な借用と構造的な収束が親言語や姉妹言語などの遺伝的な関係すら分からない程に、言語を変えてしまう場合もある。次に述べる、2つの言語接触のタイプでは、遺伝的関係は実際には疑わしいものである。
 
Herbert Schendl, Historical Linguistics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series

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Language birth: pidgin and creoles
接触した言語は、異なる言語であっても、構造的に似通ったものとなると、述べてきた。しかしながら、特別な状況では、強い言語接触によって新しい接触言語、ピジン(pidgin)クレオール(creoles)が生まれることがある。
ピジンは、互いに理解出来ない話者同士のコミュニケーションの需要に合うように発展した、少ない構造と語彙をもつ補助的な言語である。特に、貿易の取引や航海、労働者の管理などである。ピジンは便宜上、限られた機能の範囲にを満たすのに必要な程度に、2つの異なる言語の要素を持っている。ほとんどのそれらの機能は、繰り返され、予測出来るような状況に関するものである。従ってピジンは、出来る限り効率よく状況に結びつくように設計された、非常に基礎的な文法と語彙を持っている。
一方、クレオールは一般的に「コミュニティーによって第一言語として話されるピジン」と定義され、従って、複雑に発展している。クレオールは、社会生活に適合する為に様々な領域に跨がって使用される為に必要な、幅広い言語機能からなっている。
 
ピジンとクレオールの研究で、接触による言語の変化がはっきりと明らかになった。クレオールの複雑な構造と語彙が発展する速さは、ある言語学的変化を直接観察する事が出来た。その他の言語では、同じ変化が長い月日をかけて生じているのである。
さらに、言語学者の発見はますます増えている。多くの近代言語が究極的には、前の段階であるクレオールに遡る。クレオールは、先祖の痕跡も無い、完全に親離れした言語に発展したのである。この仮説は2章で述べた祖語からの言語の発展という伝統的な見解に対抗するものである。しかし、祖語に到達する為にピジンとクレオールも再建方法に適応させようとしている言語学者もいる。
 
ピジン化(pidginization)クレオール化(creolization)はコミュニケーション上の、そして言語学上の自然な過程であり、現代に限られた事ではない、と言うのに、十分の理由がある。
例えば、ピジンのサビール語(Sabir)は、十字軍と同じぐらい早く発展し、地中海内外で広く使用されるようになった。
多くのピジンとクレオールが驚く程似通った構造をもっているので、その起源は論争の絶えない問題である。全てのピジンは、1つの源に遡りるという主張もある。それはもしかしたらサビール語で、さまざまな語彙置換(relexification)、語彙借用による単語の置き換え、によるものである。ピジンがコミュニケーションの文脈とは独立的に生じるという観点では、ピジンは、全ての人間が共有している、生得的で普遍的な、言語獲得の為のバイオプログラムの結果であるかもしれない。
 
ピジンの発展の際に、支配層の言語話者と、基層(substrate)と呼ばれる被支配層の言語の接触がある。話者の地位はその言語の地位と対応している。基層の言語は、現地の労働者と奴隷と対応している。
ピジンの単純な文法的構造は下位言語に由来すると主張されているが、それが、世界中のピジンの、驚く程の構造的な類似点を与えてくれるとは思えない。もっと確かで、一般的に受け入れられている事は、ピジンの限られた語彙は、主に、英語やフランス語などの入植者の支配言語から派生している、というもので、この考えのおかげでピジンとクレオールがそれらの言語の乱れた形として誤解されてきた。英語ベースのピジンの語彙は、西アフリカのピジン英語とパプアニューギニアのトク・ピジン(Tok Pisin)があり、ハイチ・クレオールはフランス語ベース、セネガル・クレオールはポルトガル語などである。
ピジンの典型的な言語学的特徴は、少ない音素システムによる発音のバリエーションである。例えば、トク・ピジンはs、sh、chの違いが無く、支配言語よりも少ない母音と子音である。それから、形態論と統語論の簡易化、特に、数と格と人称と性を表す屈折の欠如、時制の標識の欠如、語順の調整、埋め込み文の欠如である。そして、現地の言語をその場限りの語順で用いられる、限られた語彙である。
 
クレオール化の過程では、これらの単純な構造が様々に手の込んだものとなる。形態論と統語論がより複雑になり、語彙が増え、発音も安定しする。これらの過程は、先に述べた第一言語の付加的な機能によるものである。
よく文献にあげられるトク・ピジンの場合、かなりの数の話者の第一言語となり、同時に、パプアニューギニアの国語、議会の言語となった。また、コミュニケーションの普遍的な言語であるリンガ・フランカ(lingua franca)としてもっと多くの人々に使われている。第一言語としてトク・ピジンは一般的により安定して用いられ、音韻論的同化と削減の過程を経た。文法化によって、数や時制といった新たな文法カテゴリーも得た。
そして、関係する埋め込み句によってもっと複雑な構造に発展した。新たな複合語は、接頭辞や接尾辞の付いた単語と同じように、単語創造の規則を証明している。借用語を使用した複合語もある。そして様々な変種と文体論的区別を発展して来た。類型論的な観点からすると、クレオール化では自由文法標識が、音韻削減を通して拘束形態素へと発展するだろう。そして、4章で述べたように、孤立構造が膠着構造に変化する。
トク・ピジンでの構造変化の多くは、1あるいは2世代の間で起こっており、直接観察する事が出来る。この事によって、歴史言語学者たちは、言語変化の性質と進度に関する伝統的な意見を考え直さなければならなかったが、クレオールの言語変化が本当に他の言語と比べるできるかどうかに関して、異議もある。
 
しかし、純粋に言語学の領域では、ピジンとクレオールとその他の言語の区別は常に明確ではない。もし、例えばジャマイカ・クレオール英語とスタンダード英語のように、クレオールが同じ場所である程度の期間、支配言語と共存していれば、脱クレオール化(decreolization)が起こるだろう。脱クレオール化とは、クレオールが支配言語と置き換えられる事である。
クレオールから、様々な中間の変種を経て基準の言語へと、言語学的連続体に帰着するだろう。全ての変種は異なる状況で同じ話者によって話されているだろう。脱クレオールとは結局、クレオールの消滅であり死である。アフリカ系アメリカ人の俗英語(AAVE; African-American Vernacular English)が脱クレオール化によるものであると言う主張もある。しかし、言語変化による、他のタイプの言語の死も存在する。
 
Language death
ラテン語のように、もう既に話されていない言語はよく死語として引き合いに出される。しかし、これは誤解である。ラテンは、ケルトのコーンウォール語やタスマニア語のように死んだのではない。それらは絶滅したが、ラテン語は生きている。
宗教的儀式やアカデミックな場だけでなく、フランス語、イタリア語、スペイン語のロマンス諸語と発展し、変化した形で生きている。同様に、古代ギリシャ語は現代ギリシャへ、古英語は現代英語へと展開した。実際、純粋に言語学的な視点では、いつラテン語が古フランス語や古スペイン語になったのかを定義するのは難しい。そのような境目には、純粋に言語学的なものよりも、言語外の出来事の方が重要なのである。
 
「言語の死」という言葉はこれらの場合よりも、言語の絶滅の場合に当てはまるだろう。絶滅した言語とは、記録以外の痕跡なく完全に消えた言語である。絶滅には2通りある。
1つ目は、病気や天災や虐殺によって話者が絶滅した為に、言語が絶滅する場合である。忌まわしい実例は、タスマニア人の例である。タスマニア人はまず、それと知らずにヨーロッパ人達が持ち込んだ病気に感染したが、それから、イギリス兵士によって計画的に虐殺された。多くのアメリカインディアンとオーストリア土着民のコミュニティーが、ヨーロッパ人の入植者によって、同じ運命を辿った。このような場合、十分に発展し、まだまだ力の強い言語が、話者がいなくなった為に、跡形も無く消え去る。このような言語の死は、異なる言語のコミュニティーとの悲しい接触によるもので、言語学的な要素はない。
2つ目の言語の絶滅は、より集中的な言語接触であり、全面に言語学的な問題となる。この場合、言語は死滅しても、人は生きている。人々が、次第に、意識的に、時には望んで、彼らの言語を放棄し、他の強い言語に乗り換えるのである。これは、長い二言語使用期間の後に起こる。その間、縮小してゆく言語は、文法や語彙の複雑さ故、社会的機能が低下してゆく。
さまざまな、社会的、政治的、経済的要因が、人々のより名声の高い言語に乗り換え、言語の絶滅を引き起こす。コーンウォールやマン島のケルト語のようなものだ。もっと稀な例では、支配的な立場の人々が人口統計的、政治的な理由によって、言語を放棄する事もある。これは、中世フランスにおけるフランク族のゲルマン語と、中世イギリスのアングロ・フランス語である。
現在は、少なくとも英語支配の拡大によって、アイルランド語、ウェールズ語、ハワイ語、マオリ語など、多くの言語が絶滅の危機に瀕している。
 
話者が他の言語に移行してゆく時、彼らの言語は使用の幅がだんだん狭まり、結果的に、文法や語彙も惰性により衰える。同時に、言語習得過程における入力の不足により、子供の言語習得は学習には不十分なデータしか無い。結果的に、接辞から自由形式への変化や、屈折の消滅などの文法構造の衰退が起こり、それによって語順も変わるだろう。また、優勢言語からの語彙の借用と同じように、文法構造の借用もある。加えて、微細な社会的意味を示すような複雑な特徴を、子供達が見る事はもう無い。それらが言語に個性的なアイデンティティーを与えているため、子供達が言語を同定する手段が、だんだん少なくなってしまう。
このような状況では、1、2世代の間に、話者は限られた言語の受容能力をもった半人前の話者となり、創造能力はだんだん衰退し、結局、子供に引き継ぐ事ができなくなる。このような変化はフランスのブルトン語話者、オーストリアのハンガリー語話者とさまざまな二言語使用コミュニティーで観察される。最終的に、その言語は収穫逓減によって死に絶える。ほとんどのこのような変化は一般的な言語変化で起きるもので、1066年のノルマン・コンクェスト以後の英語の発展でもそうだが、危機言語においては異常な速さで生じるのである。
しかし、言語の死、それ自体は、ゆっくりしたものである。
 
しかし、放棄された言語の文法的、語彙的特徴が、新たな言語の基層(substratum)に生き残り、特有の性質を示していることがある。古い言語の名残である、このような基層の特徴は、ゲール語に遡るアイリッシュ英語とスコットランド英語の、実際の発音や文法と語彙の特徴のように、オリジナルの言語が滅んでしまった後、民族や国家アイデンティティーの指標となることがある。
言語の誕生と言語の死は、極端な言語接触による急速な言語変化を観察する機会を与えてくれる。しかし、普通の言語で、言語変化を観察する方法もある。
 
Herbert Schendl, Historical Linguistics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series

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一般的に、なぜ言語が変化するのかという疑問の分かり易い答えは、人間に関する全てのものが変化する、ということだ。言語が変化しなかったら、驚きだ。
興味深い疑問は、なぜ、特定の変化が起こるのかという疑問だ。なぜ母音は特定の変化をするのか。なぜ、言語の文法的、語彙的特徴が、特定の時期に変化したり消滅したりするのか。
 
このような疑問は長い間言語学者を悩ませて来た。そして、専門家以外の人々にも、かなりの説が提唱されて来た。
地理や気候の影響により変化が起こるために、山岳地帯、ツンドラ、熱帯雨林には必ずそこで話されている言語に必然的な特徴があると言われている。また、外的な地理によるものでなく、内的な解剖学が変化を決定するとも言われている。ある特定の民族の人体の発声器官が、他の民族より動きにくく、その為に発音の特徴が出るのである。その他にも、ただ、人間がきちんと話す事を怠ける為に言語が変化するので、気をつければ言語は変化しない、という説もある。
 
自然科学的なものではないが、歴史言語学はもっと、受け入れやすく根拠のある説明を提供する。言語学者の説明は、確率的なものであるが、以下は、予測可能で、厳格な因果関係をもち普遍的に妥当性のある法則である。
言語の変化に関して、3つの説明は考慮に値する。抽象的なシステムに注目し、システムの内的な力が変化を生じるとする機能的説明(functional explanations)。話者の頭の中にある、認知と心理言語学的過程に着目する、心理言語学的説明(psycholinguistic explanations)。それから、社会的存在としての話者の役割に変化の原因をもとめる社会言語学的説明(sociolinguistic explanations)である。
 
Fanctional explanations
機能的な考えでは、言語学的システムはそれ自体を調整する傾向が自然に備わっており、基本的な治療としての言語学的変化が、システムをよりバランスのとれたシンプルなものにする。
 
英語の歴史から、治療上の変化を上げよう。
18世紀以前、英語は8つ摩擦音があった。6個は有声、無声の対立のある組み合わせであった。残り2つの/ʃ/と/h/は無声音であるが、有声音の相手は存在しない。つまり、このシステムは非対称である。
18世紀から英語は、フランス語から借用して、/ʃ/の相手に/ʒ/を発展させた。この変化は、フランス語からの構造借用によるものだが、システムの対称性を築く基本的な効果において、これは、治癒的なものとして解釈できる。一方、/h/に関しては、イギリス英語におけるh音の欠落(h-dropping)として、消えてしまった。仲間外れを除去して対称性を保つのである。
このような均衡を保つための努力は、同時に、言語システムの節約を助ける。
5章でのべた、チェーン・シフトのような音声の変化はさまざまな治癒的な機能を持っているといえる。音素合流を防ぎ、音素システムの均衡を保ち、音素同士の音声的弁別性を高める。また、同音異義語(homonym)を防ぐ効果があるだろう。しかし、対立する意味を持つ同音異義語が出来てしまった場合、同音異義衝突を防ぐ為に、治癒的変化によって、一方の単語が消えるだろう。
 
機能的説明の基本的な問題は、どのように話者がシステムや行動の非対称を知る事が出来るのか、ということである。治癒的変化に関して、ある一部分の治癒が、他の部分の均衡を崩す事があるという問題もある。結局、これがもしも変化の主な動力であれば、今、言語システムは全てにおいて均衡がとれているはずである、しかし、そうではない。
 
変化を説明する為の機能の概念には、機能負担量(functional load)がある。それは、特定の言語項目が持っている機能の量である。例えば、tip-dip、sat-sadなど、数多くの最小対を持っている音素、/t/と/d/の機能負担量は大きい。機能負担量の大きい項目は、/n/と/ŋ/のような機能負担量の小さい項目より、変化にしくいといわれている。
特定の音声学的特徴の機能負担量は、音素変化よりも、音声学的変化に関係している。たとえば、「有声」という弁別特性は英語子音システムで重要な位置を占めている。特に、有声子音/p, t, k, f, ʃ/と無声子音/b, d, g, v, ʒ/は最小対を多く持ち、機能負担量も大きく、情報伝達において大きな役割を担っている。もちろん、機能負担量は小さいが、/θ/と/ð/、/s/と/z/に関しても同様の事が言える。この、機能負担量の大きい「有声」という音声学的特徴は、周辺の音韻論的組み合わせにも、着実な説明する事が出来る。
しかしながら、機能負担量のような言語学的要因は言語学的変化に貢献するかもしれないが、特定の場合に作用するようなの経験的な証拠はない。
 
Psycholinguistic explanations; language aquistion
変化に関する心理言語学的解説は、話者の脳の中にある認知的過程に着目し、とりわけノーム・チョムスキーによる言語生成論に関係するものである。
高度な文法モデルを提示したこの学説は、人間を、言語を獲得する天賦の才をもつ生き物であると見なしている。その才能は、言語獲得装置(LAD)や普遍文法(UG)や生物学的プログラムやさまざまなパラメーターなどと考えられてきた。
言語獲得において、子供は、聞こえる大人の会話入力に基づく仮説を立てる事によって、心理的な文法を構築するこの才能を活性化する。この仮説の建設はつねに完璧ではないので、大人の話者の文法の違いが生じる。子供による言語の獲得は、心理言語学の学説によって、最も基本的な言語変化の要因とされている。そして、ほとんどのタイプの言語変化は、言語習得に限られると言われている。
つまり、ほとんどの話者による文法の違いは、世代の違いによっている。この説の初期段階では、言語学的、特に音声学的変化は、規則の追加や削除、優先順位の変更など、文法の創造的な規則の形式化による変化に起因している。
 
近年、生成論は統語論上の変化に焦点を当て、その変化の起きるメカニズムの計画を詳しく述べている。
これは、文法的システム全体の再分析である、文法の「再建築」という概念と強く結びついている。上で述べたように、子供達が文法を構築する方法に関する仮説は、彼らが聞く会話による入力に基づいている。子供達が、内的な才能によって、最適な文法を構築できるが、その仮定は大人達の文法から逸脱し、偏向するだろう。しかし時間をかけて、このような歪みは、子供が容易に学ぶことができないほど複雑な文法となって表われてしまう。
この時、突然、かつ基礎的な再構築が生じるだろう。それは、異なる分析と下層の文法の変化によるものである。この観点における重要なものは、統語論的変化は自動的に起きるという事である。つまり、そのほかの言語の、かつ言語外の変化とは独立して起きる。
心理言語学的説明の魅力にも関わらず、それの多くの普遍的な公理が、理論的な場で批判を受けている。そして、英語の発展などの特定の変化に関する説明に、原文による裏付けが無い。さらには、一般的な言語の変化と特定の統語論的変化が、言語獲得に限られているのでなく、成人にも起こる事であると、私たちは経験的に知っている。
 
Herbert Schendl, Historical Linguistics(UK; Oxford University Press, 2001)
---Oxford Introduction to Language Study Series

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語用論(pragmatics)は、話し手・書き手によって伝えられ、聞き手・読み手によって解釈された意味の研究に関連している。それ故、発話の中の単語や句自体が意味しているものより、発話によって人々が何を意味しているのかの分析と、関係が深い。語用論は、話し手が意味していることの研究である。
このタイプの研究は、必然的に、とある文脈で人々が意味している事の解釈と、文脈が発言にどれほど影響を与えているかの解釈と関わる。話し手が、聞き手、場所、時、状況に従って、言いたいことを組み立てる方法の考察が求められる。語用論は、文脈的な意味の研究である。
このアプローチはまた、話し手がほのめかす意味の解釈に行き着くために、聞き手が推測を立てる方法の探求が必要である。このタイプの研究では、多くの言われてないことが、どのようにして、伝えられたこととして認識されているかを調査する。語用論は、どうやって言われていることよりも多く伝えられているのか、の研究である。
この視点から、何が、言うか言わないかの選択を決定しているかという疑問が上が。簡単な答えは、距離感と関係がある。物理的にも、社会的にも、概念的でも、親密さというのは経験の共有を含む。聞き手がどれほど近いかある派遠いかという過程で、話し手はどれほど言う必要があるのかを決める。語用論とは、相対的な距離の表現の研究である。
これらが語用論に関係する4つの領域である。どのように進むのかを理解するために、その他の言語学的分析の領域との関係をみてみよう。


統語論と意味論と語用論
言語分析の伝統的な違いが、統語論と意味論と、語用論を対比させる。統語論(syntax)は言語学的形式の関係、一続きの中でどのように配列されているのか、どんなまとまりが整っているのか、に関する研究である。このタイプの研究は、一般的に、文献の世界や、その形式の使用者の事は考慮しないで行われる。意味論(semantics)は言語学的形式と世界の中の存在との関係を研究する。つまり、世界が物と文字通りつながっている方法の研究である。また、意味論的な分析は、誰が記述したかに関わらず、言葉での記述と世界の事柄の状態との、正確な、あるいはそうでない関係を証明しようと試みる。
語用論(pragmatics)は、言語学的形式とそれらの使用者との関係の研究である。この3つ領域の特徴の中で、語用論だけが人間を分析に含めている。語用論を通じて言語を研究する強みは、人々が意図した意味、彼らの仮定、彼らの目的やゴール、要求など話す時する行動の種類に関して話すことができる点である。
とても重大な欠点は、すべてのまさしく人間の考えは、矛盾の無い、客観的な方法での分析が非常に難しいという点である。話している2人の友人は、明確な言語的な証拠を与えずに、相手に何かを伝えたり暗示しているだろう。それを、私たちは、れっきとした、伝えられた意味の源として示すことが出来る。例1は、その問題のケースである。私は話しているのを聞いたし、意味もわかる、しかし、何が伝えられたのかはわからない。

例1
女:So --- did you?(それで、したの?)
男:Hey --- who wouldn't?(え、しない人がいる?)

このように、人々が言語学的にどのように意味を成しているのかについてあつかっているので、語用論は魅力的だ。しかし、人を悩ませる領域でもある。なぜなら、語用論は、人々と人々の頭の中を解明することを要求するからだ。

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