言葉の音声を研究する言語学の一分野である。
「音声」とは、言語音のことであり、ただの音や声とは区別されるが、
何を言語音とするかには論争が絶えない問題である。
音声学の起源は、文字の発明にまで遡ることができるだろう。
言葉の音を分かりやすく記録しようとする試みは
現在も、まだまだ盛んな領域である。
古くは紀元前6-5世紀、口伝で伝えられてきた、
インドのリグ・ヴェーダを伝統的発音で唱えるための
精密な発音描写がある。
しかし中世ヨーロッパでの言語学の注目は専ら
綴り字と書き言葉であったため、
話し言葉や発音の研究は、例外的でしか無かった。
このころレオナルド・ダ・ヴィンチは、詳細な発音器官の断面図を残している。
19世紀中頃には、数々の著名な音声学者が登場し、
さまざまな国の方言や、発音の違いの研究が進んでいった。
19世紀末、音声学の驚異的な進歩に大きな役割を果たしたのが、
機械器具の発明である。
今まで、目の前で発音してもらい、その場で書き留めていたのが、
機械の登場によって、正確に早く、結果を出すことが出来るようになった。
現在はコンピューターの発達で、
入力した音声を瞬時に波形に書き出し、周波数を表示することが出来る。
このような優秀な機械器具を利用する機械音声学に反対して、
人間のコミュニケーションは
人間の口と、人間の耳によるものとし、
耳によって聞き分けられることが重要であるとする、聴覚音声学もうまれた。
しかし、コンピューターを使わずして
音声の分析は出来ない、というのが現状である。
参考文献
M. シュービゲル著 小泉保訳 『新版 音声学入門』 大修館書店 1973
空気の通り道を変えたり、狭めたり、広げたりすることで
共鳴や摩擦音をつくり、音声を作る。
・肺
肺は、体内の酸素の循環に不可欠な器官だが、発話にも不可欠である。
短い時間で多量の呼気を含むことが出来るが、
音声を出す場合は、細く長く息をはく。
あまりに風圧が無くても音声は出ない。
吸気を言語に使用する例は少ないが、驚いたときなどは音を生じることもある。
・喉頭(こうとう)
いわゆる喉仏のところの軟骨と筋肉の組織。
肺につながる気管の入り口付近にある。
薄い膜である声帯を振動させることで、音声を生じる。
図での声帯の上にある、上を向いた突起が、喉頭蓋(こうとうがい)。
トイレの蓋のように、気管の入り口を塞ぐ。
ちなみに、気管の右にあるのは、食道。胃につながっている。
・舌
私たちが思っている以上に、すごく活発に動く。
喉の奥から、舌根、後舌、前舌、舌端、舌尖。
上の図の「舌先」は普通「舌尖」と呼ぶ。
・歯茎(しけい)
いわゆる歯ぐき。
言語学で重要視される歯ぐきは特に、図の、上あごの内側。
・硬口蓋(こうこうがい)、軟口蓋(なんこうがい)、口蓋垂(こうがいすい)
上あごの、骨がある堅い部分が、硬口蓋。
その奥にある、やわらかい筋肉が軟口蓋。
軟口蓋からたれ下がる、あまった肉が口蓋垂。いわゆる、喉ちんこ。
口からはーっと息を吐くときは、軟口蓋と口蓋垂が持ち上がり、鼻腔への道を塞ぐ。
フランス語やドイツ語などでは、口蓋垂を振動させる子音もある。
・咽頭(いんとう)
風邪を引いて喉が痛いときは大抵、咽頭壁が赤く腫れている。
鏡で口の中を見たときに、口蓋垂の後ろの壁。
アラビア語では、舌根で咽頭を叩く、という子音の発音がある。
無理すると咳き込むので、気をつけて。
参考文献
斉藤純男 『日本語音声学入門 改訂版』 三省堂 2008
言語音である音声(speech)は、
あまりにも漠然としすぎていて、分析には向かないので、
言語学ではこれを二つにわける。
音素(phoneme)は、特定の言語で意味の区別に関わっている音である。
表記方法はそれぞれの言語の慣習によって異なる音素記号を用いることが多いため、
同じ文字であらわしていても、発音方法が異なることがある。
/スラッシュ/で括って表記する。
単音(phone)は実際の音声としての言語音である。
[かぎ括弧]で括って、多くIPAで表記する。
同じ音素でも、異なる単音であるもの、
例えば、日本語のタ行は、音素では子音は/t/ となっているが
ヘボン式ローマ字表記にも見られるように、[t]と[tʃ]と[ts]の音が共存している。
このふたつを、音素/t/の異音(allophone)と言う。
[t]と[tʃ]と[ts]の出現は、重ならずに互いに穴を埋め、日本語の行の体形を維持している。
このような住み分けを相補分布と言う。
また韓国語の/p/は語頭では、[p]だが、語中では濁った[b]になる。
このように、出現する条件が決まっている異音を、条件異音と言う。
逆に、とくに出現に条件がなく、どちららを発音するか個人差があるような場合、
それを自由異音と言う。
国際音声記号(IPA: International Phonetic Alphabet)は、
現存する人類の諸言語において、語の意味の対立に貢献している言語音に、
アルファベットを基盤にした基語で表記する枠組みである。
言語音として実際に使われているか否に関わらず、
人間が発音できる音をすべて表記しようと言う、別の研究もある。
図はIPAの子音の表記の一部である。
塗りつぶされた枠は、人間は発音不可能を思われる音である。
解説は後日。
参考文献
斉藤純男 『日本語音声学入門 改訂版』 三省堂 2008
田窪 行則ら 『岩波講座 言語の科学 2「音声」』 岩波書店 2004
超分節的特徴(suprasegmental feature)と対比される。
後者は、単音から単語、単語から単文など、
分析の単位を超えて現れる特徴でを言う。
音律(prosody)がそうである。
音律とは、発音リズムや強勢など、話者や文脈によって変化するものである。
英語では、発話の際に強弱アクセント(stress accent)をつける。
このとき、声の大きさはあまり関係ない。
日本語では、高低アクセント(pitch accent)をつける。
では日本語のアクセントの研究について簡単に述べる。
日本語には、拍(mora)と音節(syllable)がある。
拍とは、実際の発話の際のリズムである。
音節は子音‐母音の音韻論的な関係である。詳細は(06/04)。
つまり、「あんぱん」は4拍、2音節の単語である。
日本語の「ん」は成節鼻音(sillabic nasal)と言い、ナ行の/n/とは区別される。
日本語、東京方言のアクセントは、
単語の中では、一度下がったら上がらないのが基本である。
したがって表記方法は、アクセントが下がる、最後の高い音の上に鉤マーク(¬)をつける。
ここでは便宜上、似たような(^)で代用。
もしくは、HighとLowで区別する。
日本語の「端」「橋」「箸」の区別は、後に助詞が来たときのアクセントの位置にある。
端を はしを LHH
橋を はし^を LHL
箸を は^しを HLL
「端」のようにLHHH...と、アクセントがない形のものを、平板型という。
「橋」のようにLH...H(L)と、最後の音にアクセントがあるものを尾高型という。
「箸」のようにHLLL...と、最初の音にアクセントがあるものを、頭高型という。
そのほかに、語中にアクセントがあるもの、
「スペ^イン(LHLL)」や「やまざ^くら(LHHLL)」などを中高型という。
しかし機械でアクセントを調査すると、決して高い、低いの二分ではない。
確かにアクセントでは急激にピッチが下りているが、
HHやLLが続く場合には、常に緩やかに下降する傾向がある。
日本語のアクセントは、N拍の単語には(N+1)型のアクセントの種類がある。
アクセントがないもの、平板型アクセントを別名、0型ともいう。
アクセントが語尾にずれてゆくにしたがって数字が増え、
尾高型アクセントは、(N+1)型となる。
アクセント結合の規則には二つの種類がある。
付属語結合と、複合単語である。
付属語結合には、付属語によって、大きく4種類の分類がある。
①従属型(タ、ホド)
自立語のアクセント方をそのまま引き継ぐ。
0型の「サガス」につけば、平板型の「サガシタ」、
2型の「オヨ^グ」につけば、そのまま2型の「オヨ^イダ」となる。
②支配型(マス、マイ)
どのようなアクセント型でも、付属語のアクセント方に引きずられる。
「サガス」は「サガシマ^ス」、「オヨ^グ」は「オヨギマ^ス」
③不安全支配型(ラシイ、ノデ)
0型アクセントにつくときは、付属語のアクセントが優先されるが、
それ以外の型(アクセントがある)語につくときは、自立語を優先する。
「サガスラシ^イ」、「オヨ^グラシイ」
④融合型(サセル、ラレル)
不完全支配型と逆で、0型につくときは0型になり、
それ以外の型につくときは、付属語のアクセントが優先される。
「サガサセル」「オヨガセ^ル」
複合単語のアクセントには後部要素によって、大きく2種類の分類がある。
①後部要素が0型
後部要素の最初の拍にアクセントがつく。
二ホ^ン+ダイガク=二ホンダ^イガク
オ^ンセイ+ゴウセイ=オンセイゴ^ウセイ
②後部要素が0型以外
前部要素の最後の拍にアクセントがつく。
カナ^ガワ+ケ^ン=カナガワ^ケン
付属語と複合語の連続は、左から順番に法則が適応されてゆく。
これを巡回的適用則と呼ぶ。
「音声合成技術などで」
オ^ンセイ+ゴウセイ=オンセイゴ^ウセイ
オンセイゴ^ウセイ+ギ^ジュツ=オンセイゴウセイギ^ジュツ
オンセイゴウセイギ^ジュツ+ナド(不完全支配型)=オンセイゴウセイギ^ジュツナド
オンセイゴウセイギ^ジュツナド+デ(従属型)=オンセイゴウセイギ^ジュツナドデ
しかし、長母音や「ん」がアクセント位置にあたるとき、
アクセントが、発音しやすい位置に移動することがある。
これを音節内移動規則という。
0型アクセントをもつ「カナシイ」と、不完全支配型付属語「ノニ」が結合するとき、
「カナシイ^ノニ」となるはずだが、この規則の適用で「カナシ^イノニ」となる。
ト^ウキョウ+エ^キ=トウキョ^ウエキ (*トウキョウ^エキ)
ここでは語のアクセント結合を見たが、
あまりにも語の要素が多くなったとき、複数のアクセントが発生するときもある。
「歩くのではなかったんですか」→「アル^クノデハナ^カッタンデスカ」
「部分的核実験停止条約」→「ブブンテキカクジ^ッケンテ^イシジョウヤク」
これは、あまりにも長いため、文節間のアクセントが作用した。または、
アクセントを優先すべき要素が離れているため、
複数のアクセントが生じてしまっている、と考えることができる。
文節間のアクセント推移はまた後日。
参考文献
匂坂芳典、佐藤大和「テキストからの音声合成を目的とした日本語アクセント結合規則」(1983)
「Some accentual characteristics in Japanere phrase and long compound」(1986)
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